のすたる爺や

日々の出来事ちょっとしたエッセイ。

曖昧もいいんじゃない

のすたる爺や

 金ちゃん文ちゃん会談。軍事境界線が竹島の北に南下したような気がしないわけでもないけど、嘘つき同士の共同宣言、誰も信用しないでしょうね。

 金ちゃん文ちゃん握手像でも立てて自画自賛しながら事態は何も変わらなかったと言うのでが関の山でしょう。1年も遡れば金ちゃんを抹殺すると息巻いていたはずですが、殺された南ニダ人のことなんかどうでもよくなっちゃったんでしょうね。目の前にぶら下がったニンジンはなんだろう?

 ソビエト崩壊で核爆弾に関する技術者が拡散し、しょうもない国が核開発するようになりましたが、この数年の金ちゃんの核の開発やミサイルの開発のスピードを見ると、プーちゃんのクリミア半島侵略で技術者が流れ出たんでしょうね。あそこは旧ソ連の技術者の軟禁場所でしたから。

 年内に終戦と言うのもあながち当たっていないと言うこともないだろうけど、グロい終戦になるんでしょうね。

 文ちゃんは完全非核化朝鮮半島とか言ってたらしいけど、原子力発電所も廃棄するのだろうか?まともに管理できないのだから持つこと自体間違えているんだろうけど、原子力発電所って言っても、お湯を沸かす器械ですからね。

 自年の裂け目からお湯が沸いている土地に住んでいると、毎日温泉に入りながら足元の下がどうなっているかが気になる。

 この一か月、毎日汗を流して作っている薪ボイラーの燃料だってお湯を沸かすためのものですし、今日の金ちゃん文ちゃん会談ではへそが茶を沸かした。

 久しぶりにボンカレーを食べたくなった。

 夜、地区の評議委員会。

 評議員の一人は今年から人工透析を受けていますが、透析を受けた日はかなり体がきついそうで、その時は代役を頼んでよいか?という話が出ました。健康に動ける人が少ない組なので、それもありかなと言う話になりましたが、学生運動で機動隊に投石していたじいさんは「当人が出てくるのが決まりだから!」を盾に譲りません。

 原理原則に対して曖昧なのが日本のわかりにくいところでもあり美徳でもあるのですが、要はこう言うところで発言することに生きがいを見出している人なので、後日私が個人的に説得することに「暗黙の了解」で決まったようです。

 修辞学と論理学。リベラルアーツにこれらが入っている意味が身をもってわかる今日この頃。

 独居老人や高齢者世帯が多いので各組の評議員さんが生活実態の報告をしてくれたのですが、2-3日姿を見せないのでまさか?と思って親族に連絡したら検査入院で病院に入ってたなんて騒ぎもありました。当人とすれば病気と言うわけでもないし、近所を騒がしたくないからこっそり入院したんでしょうが、結果的に騒ぎになってしまった。

 落ち着いて孤独死ができない田舎暮らしもなかなか大変です。

 町場ならこうしたことは民生委員に一存で気にしなくてよいのですが、その民生委員がこの冬は手術のために長期入院していて、最近ようやく復活してリハビリ中。

 高齢化限界集落の未来やいかに?