カボチャ完食!
8月とは思えない涼しさ。今朝の気温が18度。快適に眠れたのですが、目覚めた時の姿がウサイン・ボルトの弓を射るようなポーズで「なんの夢見ていたんだ?」・・・思い出せない。
金ちゃんクネちゃん、結局戦争見合わせになっちゃったんですね。まあ、無難な選択でしょう。どうせ初めからやるだけの予算も度胸もないのだから。
朝鮮戦争は1950年6月25日で、その頃韓国は国民的行事の田植えのために軍隊も導入して農作業に専念していた、国境防衛が手薄になったところを金ちゃんじいさん率いる北朝鮮がイムジン河を超えて攻め入ることから始まります。不意を突かれたと言うより元々その程度だった南の戦力は次々敗走し釜山まで南下を許します。
南北朝鮮はまだ国連に加盟していなかったのですが、国連で軍を派遣するかどうか?もめて、当時はまだ台湾が国連常任理事国で人民共和国ではありませんから、ソ連がごねていたようです。常任理事会にソ連が欠席したことで国連軍の名でUSAは軍隊を出すことができたわけです。この時在日米軍が大いに活躍したわけですから、既に集団的自衛権に加担していたことになりますよ。
米軍が加担したことで北朝鮮が北に追いやられ、ニーハオ国の但東あたりまで押しやられたところで毛沢東が参戦。土俵際の逆転で今の国境に落ち着いたわけです。相撲に例えるなら「水入り」状態。戦争が終わった状態ではないわけだからいつ試合再開してもおかしくない。
もし戦闘状態になったら、いま世界陸上や柔道の世界選手権で国外に出ている選手はあらゆる手段使って必至でメダル採って兵役逃れをすることでしょう。
朝鮮戦争の前後に補導連盟事件と言うのがあって、李承晩が共産党の疑いがある国民を大量に虐殺した事件で、朝鮮戦争中も米軍の力を借りてソウルを奪還し、北朝鮮に協力した人を片っ端から虐殺する事件がありました。こうした人たちの多くは北がせめて南が敗走する中で逃げ遅れた人たちだったらしいのですが、生き残っているのは北の協力者とされてしまったんでしょう。
密航などで日本に逃げてきた人も多く、特別在留許可の中にはこうして日本に棲みついた人も含まれています。
60万人から120万人が虐殺されたとその数字の開きが大きいのは北朝鮮の人たちも含まれているからなんでしょうが、戦争で死んだ人より多いんじゃなかろうか?
今度はどんな虐殺が起きるだろうか?文化も民族性も異質の人々なので悲惨なことになることは確実でしょう。故に、関わらないことが一番の防衛です。
旗揚げしてみたものの腰砕けになってしまった中途半端な金ちゃんクネちゃんをしり目に、私はカボチャ一個を完食しました。大鍋でかぼちゃの煮つけを作って1週間。日本人ならではの地道な根気と勤勉さで毎日冷蔵庫から出してコツコツと食べ続けて食べきりました。何だろう?大仕事をやり遂げたようなこの充実感。一ランク高いステップに上り詰めた気がします。
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