実るほど
実るほど頭を垂れる稲穂かな
まだまだ成長の途中ですが稲の実が頭を下げ始めました。
コシヒカリ・ササニシキ・あきたこまち・ひとめぼれ。お米の種類でカタカナとひらがなで分かれるのはカタカナの品種は国の試験所で開発されたもの。ひらがなは県の試験所で開発されたものです。
コシヒカリは福井県にある農林省の試験所で作られたそうですが、開発した人はこれを「失敗作」と認めていなかったそうです。と言うのも、コシヒカリは茎が弱く倒れやすい品種で、これから来る台風や強い雨で倒伏しやすい品種です。そのため、背丈を低く育てるのが技術の一つです。
頭でっかちだけれど、根性はない。昨今のエリートのような稲ですね。しかも、穂肥と言って、この時期に肥料を与えると稲の実が大きくなり味は落ちるけれど量が取れる。進学塾の受験テクニックで作られた英才教育みたいですね。

これから実が熟し、昼間の温かさと夜の冷え込みで糖度が増して米の味わいも良くなる。稲も人も艱難辛苦があっていい味わいになるんですね。
まあ、あれさ。昨今の娑婆の流れで当選した若手議員。実っていないから頭も下がらないし、寒暖差を経験していないから味わいがないし、基本ができていないからすぐ倒伏する。冷えれば粘り気が失せておむすびも握れない混ぜ物でできた名ばかりのコシヒカリのような味気ない人材が多いですね。
民主党政権?ありゃぁ米どころかコーリャンだよ。牛も食べたがらないお粗末な穀物。
90年代の半ばに北京に行ったとき見た光景ですが、当時中国では都市戸籍の人たちには穀類を配給する伝票が配られていて、それをもって穀物の店に行って米や麦などを支給されるわけです。容姿からしてウイグル人のじいさんだと思いますが、その引換券を持って穀物の店に来て米でも麦でもなくコーリャンと交換していました。コーリャンの方が量が多くもらえるからです。
ちょうどその頃、こちらでは畜産用のデントコーンをクマが荒らして手におえないので、ソルガムと言うコーリャンを作ってサイレージと言う発酵食にしていましたが、今度は牛が食ってくれなくて酪農家も困っていました。
今の時代、えらいもんを食って生活しているんだなとその光景を見て思ったもんです。
あまり笑えたもんじゃない。私が幼少の頃は田んぼではなく畑で作る陸稲(おかぼ)なんか食べていましたし、米だって大麦を入れた麦飯が主体で、純度100%の白米なんて贅沢もんでした。それでも、麦飯にトロロ芋なんてご馳走でしたが、昨今は「健康のために」こうしたものを食べています。池田総理が「貧乏人は稗を食え」と檄を飛ばした時代でしたが、今や稗など雑穀が入ったご飯の方が高価です。何ともよくわかんない価値観の時代になってしまいました。
日本の食料自給率が取りざたされるけれど、野菜などは時給できているし、米なんざ思い切り余っている。じゃあ、何が足りないんだ?うどんの元か?家畜のえさか?
難しいこと考えなくても今日もご飯を食べられたし、とりあえずはありがたいこってす。と感謝しつつ、田んぼの米に試練を経ていい味が出るよう説教しておきました。
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